たとえば……のお話です。
ある女の子がいます。
(男の子でもいいです)
女の子は毎晩のように悪夢を見てうなされています。
得体の知れない怪物に追いかけられる夢を何度も見ているのです。
ある夜、女の子の母親は、いつものように女の子を寝かしつけようとしますが、なかなか寝ようとはしてくれません。
また怪物に追いかけられると思っているからです。
だから、母親は言いました。
「夢の中でもお母さんがそばにいてあげる。また追いかけられたら、お母さんがやっつけてあげる。だから安心して寝なさいね」
そして母親は一晩中その子に添い寝したのです。
しかし、朝になると女の子は泣いています。
また怪物の夢を見たからです。
女の子は言います。
「夢の中でお母さんを呼んだよ。何度も何度も助けてって言ったのに、お母さん来てくれなかった。お母さんの嘘つき」
母親は女の子の頬をつたう涙を拭いながらこう言いました。
「それはね、あなたがお母さんを信じなかったからよ。お母さんはずっとあなたのそばにいたのよ。あなたが信じてくれなかったからお母さんはあなたを助けられなかったんだよ」
それを聞いた女の子はキョトンとしました。
母親の言った言葉の意味が今ひとつ理解できなかったのです。
そして、また夜が来ました。
女の子がベッドに入ると、また母親は添い寝して、昨夜と同じことを言います。
「お母さんはずっとそばにいるよ。だから安心するのよ」
女の子は眠ります。
そしてまた夢の中に怪物が現れます。
夢の中で女の子はキョロキョロと辺りを見回します。
母親はいません。
女の子は母親を呼びます。
母親は現れてくれません。
必死になって母親の姿を探します。
「お母さん、どこ? 助けて、お母さん!!」
幾度となく叫びます。
でも愛する母親は姿を見せてくれないまま、とうとう朝を迎えてしまいます。
次の日も、
また次の日も、
女の子は同じ夢を見て、
目覚めるたび、助けてくれなかった母親を責めました。
しかし母親は、女の子に泣いて責められるたびに同じ言葉をかけ続けました。
「お母さんはずっとそばにいるよ。だから安心して」
そして、来る日も来る日も、朝になり女の子が目を覚ますまで女の子のそばから離れることはありませんでした。
ある夜、女の子はいつものように夢を見ます。
そしてまた夢の中に怪物が現れ、女の子を追いかけてきます。
女の子は一生懸命に逃げます。
必死に母親の姿を探します。
そして、いつものように「お母さん、助け……」と言いかけた時、ふと母親が言った言葉がよぎりました。
「お母さんはずっとあなたのそばにいるよ。あなたがそれを信じなかったんだよ」
女の子はハッとなって立ち止まります。
振り返ると追いかけてくる怪物が見えます。
女の子はもう母親の名を呼ぶのをやめました。
母親の姿を探すのをやめたのです。
それは母親はそばにいることを女の子が初めて信じた瞬間でした。
怪物が間近に迫ってきます。
次の瞬間、女の子の視界を塞ぐように誰かが目の前に現れました。
母親です。
母親が初めて助けに現れたのです。
「お母さん!」
嬉しくなって女の子は声を上げます。
母親は女の子をかばうように立ち、怪物と対峙します。
「お母さんはどうやって怪物をやっつけるんだろう?」と女の子は思います。
しかし、母親は怪物を見て、ただ微笑むだけです。
ただ黙って怪物に向かって微笑んだだけでした。
たったそれだけですが、次の瞬間、怪物は跡形もなく消えてしまったのです。
怪物が消えたあと、振り返った母親は女の子をギュッと抱きしめてこう言いました。
「よくできたね。花マルだよ!」
それからは、女の子は怪物の夢を見ることはめっきり少なくなりました。
たとえ夢の中に怪物が現れても、いつでも母親が現れてくれるので安心して眠れるようになりました。
だんだん怪物を怖がることもなくなっていきました。
なぜなら、母親がそばにいてくれることと、母親の真似をして微笑むだけで怪物は消えてしまうことを覚えたからです。
だいたいお判りかと思いますが、この女の子は私たち一人一人です。
そして “ 母親 ” の箇所を、
“ 神 ” と置き換えて読んでみてください。
母親は女の子を助けました。
最後には夢の中に現れて、女の子を助けました。
しかし、本当にそうでしょうか。
母親が本当に夢の中で女の子を助けたのでしょうか。
母親は夢の中では何もしていません。
いくら愛する我が子とはいえ、夢の中に入ることはできません。
母親が外側から夢のストーリーを操作することはできません。
夢の中で女の子を救ったのは女の子自身です。
そばにいる母親の存在をようやく信じたのです。
そばにいると信じられたから母親を探すのをやめました。
信じて、一切を委ねたのです。
信じて、恐れるのをやめたのです。
女の子を救ったのは女の子自身です。
なぜなら夢は女の子自身がつくっていたからです。
では、母親は何もしてなかったのでしょうか?
違います。
夢の中で自分がそばにいることを思い出せるよう何度も何度も暗示をかけたのは母親です。
私たちは神に助けを求めます。
私たちは神の姿を求めて彷徨います。
そして、私たちはいつまで経っても現れない神に失望します。
そして、私たちはいつまで経っても何もしてくれない神を恨みます。
夢の中に入るのではなく、
夢の外側から、
女の子自身が母の存在を確信し、
女の子自身が怪物への恐れを手放し、
女の子自身が夢の中身を変えられるよう根気強く導き続けたのは我が子を愛し続ける母親その人です。
母親の導きなくして、女の子は自分自身を助けることはできなかったのです。